Okaki200’s blog

素人人生で恐縮なのですが

どうしようもない人間こと

タイトルの通り、私というのは 本当にどうしようもない人間なのである。それは割り損ねて使いづらい形になった割り箸のように、それはインクが切れて細長い棒と貸したボールペンのように。

 

私は分相応の欲を持つ人間なのである。たとえば収入が12万であれば11万5000円使うし、27万であれば26万8000円使うような、そんな分相応な人間なのである。稼ぐほど欲深くなり、稼がなければさほど使わない、かといって貯金をする計画性もないような、そんな人間なのである。

 

お金はあればあるほどいいが、それは将来のため老後のためという今後を見据えた最近の若者らしい目標のためでなく、3万のスニーカーが欲しかったり良いものを食べたかったり遠くに越した人に会いたかったり、果汁100%のオレンジジュースのような酸っぱい欲に溺れた魂の叫びである。昔テレビで見たが、果汁の断面を書いていいのは果汁100%のものだけらしい(本当に?)。ドーパミンに犯されて縮むにいいだけ縮んだ私の脳みそは「果汁率は低いほど美味いよね」なんて言っている。育ちの良い(育ちがいいというか親がスピっている)友人は果汁100%しか飲みたくないと言っていて、「ああ、ね(笑)」となったのを覚えている。こいつにはドリンクバーで失神してほしい。そしてこのいちごミルクより美味い飲み物を私は知らない。

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中高の友人が私の大学在学中に仕事に就いていたことは「いや〜お疲れ様っす」なんて他人事に思っていたが、大学も卒業し、文系での進学であったためほとんどの友人は4年で卒業しそれぞれの職に就いた。最初は「いや〜お疲れ様っすVer.2」なんて思っていたが、せっせこビール運んで時給1200円(頑張り度で変化するので最近1260円になった)って何?おれは旧帝大を出ましたが?となってしまい、一度気付いてしまうともうダメだった。このあとすぐ就活エージェントに登録した。

 

この就活エージェントというのもまたどうしようもなく、私が皆の近況を探るためインスタを見ていたときの広告で出てきた謎の企業であった。人生マジでどうでもいい協会の北海道支部会長として、本気半分面白半分で登録した。本当にヤバければ自分がこの先の犠牲者を減らせるし、良いものであれば自分の将来に繋がるし、人生マジでどうでもいい協会としてはうってつけの条件だと思った。

 

登録して5分で折り返しの電話が来て、「面談は〇〇日の何時からでお間違いないでしょうか…予約されて当日来られない方も多く…」「真面目な学生さんだと思いますので…」などと電話口のお姉さんが話していた。まずその電話の時には学生ではなかったし、この話の前に「在学中は就活したくなかったんですけど今始めたいと思って〜」などと言っていたヤツが真面目な訳はないのだ。こいつは何も聞いてないなと確信したが、マジで人生がどうでもいいのでそのまま面談の予約をした。

 

当日になって説明会に参加すると、私のメンターが現れた。上位大学担当、かなりのやり手だった。「なぜ就活をしなかったのか」と再三問い詰められ、その度に「いやなんか気分が上がらなくて…」とアホすぎる返答をした。「まあいいけど…」的な感じでなんとか乗り切り、合計で15社くらい紹介された。どれも福利厚生✨高収入✨️成長意欲✨️といったベンチャー丸出しな企業ばかりであった。

 

それというのも、「全く知らない人間には人見知りをしないが架空の人格で対応をする」という私の悪い癖が出たためであって、その人には自我強めの体育会系の人格を出してしまい、「その成長意欲良いねぇ‼️」的な反応をされてしまったためである。本当に申し訳ない気持ちもありつつ、私の口は止まらなかった。「皆から1年遅れるのが悔しくて(悔しくない)、少しでも早く結果で勝負したいと思ってます(思ってない)」というような状態になってしまい、完全にスタンド攻撃を受けていていた。(ジョジョの奇妙な冒険 5部より)

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もうこれで行くしかない…と腹を括り、面接でもこの人格で勝負するしか無かった。しかし自己分析で浮かんでくるのは拗らせた無能とかいう最悪の人物像だけであって、まあ自分が人事ならこんなの雇わんわな、と絶望する毎日だった。私って誰?という都市伝説的な領域に至り、夜な夜な泣いたりもした。それでも事実10割増エピソードで戦うしかなった。深掘られてもいいように事実をねじ曲げたせいで、事実を少しだけ忘れたりもした。心の底から苦しかった。

 

ウソの人格で喋れても、私は本当はウソはつけないタイプである。とあるベンチャーの中のベンチャーみたいな企業の一次面接で、かなり人間性の高いウェットな人事が登場したことがあった。持ち駒も半分くらいお祈り爆散し、ヤケクソで就活をしていた頃で、まあいつも通りアドレナリン話術で作り話を繰り広げていた。かなりグっと踏み込まれる質問も多く、「誰がそんなとこまで考えてんねん💢💢」と半ギレで口八丁の回答をし、またそれに突っ込まれるを30分ほど繰り返し、逆質問の時間がやって来た。

 

「逆質問は評価には含まれない」と魅力的な言葉に絆され、「私ってどこがダメなんですかね」とついつい口走ってしまった。この後もいくつか質問をしたが、要約すれば「いやまあ面接で話したこと全部ウソなんすけど」と言ってるようなものだった。人事は面接時間を30分もオーバーして私の話を聞いてくれた。「僕は面接内容よりも自己紹介とかアイスブレイクの時間が1番貴方が魅力的な人間に見えたよ」「貴方の魅力が生きるのはこの業種じゃない」と言われ、即席お祈りコースが始まった。タメにはなったけど、その優しさが苦しくて悔しくてzoomを切って少し泣いたりもした。

 

どうしようもない人間なので、MBTIの話を好き好んでする人間を小馬鹿にしつつ、実はMBTIの話が好きだ。MBTIがこれだから〜とか飲み会でデカイ声で話す自称ESFPみたいなのと違って、普通に心理学とかだと思って興味がある。この間までENFP(めっちゃ喋るし動く時間を守れないやつ)だったが、ENTP(めっちゃ暴論で話すし時間守れないやつ)になっていた。就活で人格が変わった。ちなみにENTPは私の知る限り一番どうしようもない人間がなるやつで、私は架空の人格で就活をしてしまったせいでそれになった。なんともやるせない気分だ。ああ、そこの私、MBTIで人を判断するのは良くないですよ。(エグめのベンチャーは選考中にMBTIを聞いてくる)

 

まあそんなこんなでメンタルも崩れやる気もなくなり、メンターに「個人的に見つけた企業で内定頂いたので」とウソのLINEをし、ブロックからの着拒で全ての就活を終活したのだが、ウソなのでまだ終わっていない。私は心底どうしようもない人間だ。メンターはすごく良い人ではあったし、こんな私とも毎週話をして、楽しかったことも悩んでることも全部聞いてくれて、面接がボロボロでも「企業っていっぱいあるから‼️」と励ましてくれたりもした。でも私はウソつきだから、その真っ直ぐさに耐えられなかった。貴方の前にいるソレは、私じゃなかったんですよ(びっくりだね)。

 

「私ってどうしようもなくってえ〜(笑)」みたいな逆張りの時期はとうに終わっており、ただどうしようもない部分と毎日向き合って泣き喚いて苦しんでいる。治したいと思うが、治らないとも思う。P型は約束なんて守れないから、もう高収入の都心の企業なんて諦めて地元の企業でいいやと思っている。

 

地元は狭くて陰湿な街で、私の出身高校(wakatteTVならチリーンと鳴る)を出ていれば東京で言う東大みたいな扱いをされる地域である。この間会った人事も私の高校の1個下のレベルの高校出身で、高校名だけで「優秀だね」と言っていたし、大学名で「なんでウチ…?」と動揺していた。どうしようもない地元である。ただ私もどうしようもないので、小さい世界でお姫様のように可愛がられるならそれでいい。大学一年の時のバイト先の先輩が最近転職してそこで働いていたらしく、面接室に乱入してきたりとかなりめちゃくちゃではあったが、もうここで働けるならここでいいやと思っている。

 

痛いほど自分の無力さを知って、どうしようもなさを知って、またそうやって狭い場所で返り咲こうとしているのだ。つい先月までは「置かれた場所で咲く」がモットーですなんて言っていたのに、今は咲ける場所を求めている。そんなどうしようもない人間こと、私。

私も君もあいつもあの子もいつか死ぬ

おめでとうって言われて生まれて、おめでとうって言われて歳をとる。でも、死ぬときはおめでとうじゃない。死ぬのは悲しい。来世も私で生まれたいと常日頃思っているが、そういった希望は役所で申請したら通るようなものでもなく、印鑑やマイナンバーカードがあっても何の役にも立たない。私が二度と私にはなれないことや、彼ら彼女らとは出会えないことがたまらなく悲しい。

 

死ぬとしたらいつ死ぬのだろう。一般的には、寿命が来て死ぬのが生命の美徳とされている。じゃあ、その寿命はいつ来るのだろう。明日かもしれない、1時間後かもしれない、はたまたあと数年か、それかもっともっと長生きかもしれない。分からない。終わりが分からないのにみんな走り続ける。終わらせるという選択をする人もいる。私はそれも美徳だと思う。

 

死ぬのが怖い。世界から自分がいなくなるのが怖い。人間の9割9部は、死んでも社会になんら影響の及ばない存在だ。少しだけ誰かが悲しんで、そして時間が全部解決していく。天国や地獄は本当にあるのだろうか。出会ったみんなが、私の人生という大きな演劇を演じている役者だったらどうしよう。テッテレー、人生ドッキリでした、なんて言われたらどうしよう。実はリトライがあったらどうしよう。今が2週目だったらどうしよう。それでもいいけど。

 

最近、AIの本当にクソみたいな動画が流れてきたら全部見てしまう病気にかかった。面白いかと言われると全然そうじゃないし、粗探しをするわけでも冷やかしで見ているわけでもない。ただ、無心で1分間画面を見つめている。このままだと走馬灯にこれが流れそうなので本当に勘弁して欲しい。最後に思い出すのがトゥントゥントゥンサフールだったら死にきれない。もう見るのを辞めようと決意して半月経っている。

 

20歳そこら特有の無敵感のまま駆け抜けているが、自分が30歳40歳になる瞬間がおそらく順当に来るということに戦慄している。私の名前は元ギャルの親が「キラキラネームをつけたい!」という欲望のままに付けたため中年になることを全く想定されていない。キラキラネーム廃止に伴い市役所から名前変えてもいいよ券が届いていた。最高にイカした名前なのでこのまま生きることにしたが、死んだあとの墓なり骨なり葬式なりでこのイカれた名前が使われるのだと思うと笑える。なあ、お前らも中年キラキラネームの死に顔見て笑えよ。多分おれのが先に死ぬから。

春バテ

今日も何聞いてるか教えてもらっていいですかトラップに備えて、ナイトフィッシングイズグッドを聞いていた。本当はクノイチでも恋がしたいを聞きたいのに。本当は愛及屋烏やWOLFが聞きたいのに!

 

陰鬱な家庭で育ったので、幼い頃は夏休みになると『火垂るの墓』と『河童のクゥと夏休み』を見せられていた。前者はまだ戦争について学ぼう!みたいな教材的な側面があるのに対し、カッパはちょっとそこに並べるにはどうなの?といった感じである。ただ私も陰鬱な血を引いているので、河童のクゥと夏休みが好きであった。クゥがカメラのフラッシュで目を見開いて驚く描写が、まるでさっき見終わったかのように鮮明に思い出せる。私の歳が10にも満たないうちに消えた父が焼き増しした、違法DVD。

 

難しい言葉を使えたら格好いいのだろうなと思う。お勉強ができることと頭が良いことは全然違って、私はお勉強しかできない。もうお勉強も出来ないが。趣味:勉強の時期に培った基礎力で滑り込み合格した大学は昨日をもって母校になったし、経済学部なのに未だに円高と円安はどっちがどっちかシンキングタイムを要する。お勉強ができないというか、教養がない。プログラミングなんて以ての外で、高校卒業まではうごメモ(サ終)とYouTubeとLINEだけが私の頼りであった。持たされていたスマホには超強力なフィルタリングをかけられていたため、Safariでサイトを開けないことも多々あった。世の中のサイトってそんなに見せられないこと書いてるんですか?と半ギレになることも多々あった。親がお風呂に入っている隙に勝手にフィルタリングを解除しようとして、間違って親のスマホにフィルタリングをかけたこともあった。このレベルの機械音痴が、プログラミングなんか出来るわけないだろ。当然、漸化式だって解けない。

 

メロスでもないのに政治が分からない。満杯のポストに投函される投票してね券はいつも気付けば期限切れだし、何党が何なのかとか、どうして参政党が叩かれてるのか、山本太郎って誰なの?とか、本当にそのレベルで分からない。だって公民が嫌いだったから。でも、地元で市長になってめちゃくちゃな政策をしたい気持ちはある。ガラスとか運河とかロープウェイとか、そんな所に見所なんかなくて。もっと観光街を外れたところにある置物屋さんとか、ちょっと美味しいパスタ屋さんとか、信じられない坂を登った上から見る朝日とか、そういうものにこの街の良さはあるのに。デンジくんたちの知らないことは私が全部教えてあげるからね。

 

ご飯が全然食べられない。すぐに気持ち悪くなるので、そうめんしか食べられない。でも、3倍濃縮のめんみは薄めずに使っている。焼肉を食べて、全部吐いた。帰ってきてまたそうめんを食べた。目に見えて体が薄くなっている。ご飯を食べずに痩せると顔だけ痩せないらしい。前髪切りすぎて眉毛出ちゃったのに、痩せないんですって。私はこのまま巨頭オになって、そして山奥で成れの果てになって生きていくのだろうね。その時は2chにでも書いてくれよ。ああ、もうないのか。残念。

 

入社式、たのしみだな。会社ないけど。こんなんフェイクだろとか言って就活をサボったまんま卒業しちゃったから、今日から9連勤。9連勤❓新卒よりも働いている、新卒よりも安い給料で。もうどうでも良くなって変なエージェントに登録した。こんにちは、明るい未来に就職希望です。どうにでもなれ。嫌んなったらバイトでも会社でも人間でもいつでも辞めてやるんだからな。「秋入社とかは考えてる?」って聞かれて、「え♡全然もう明日からでも働きたいです♡」と答えた。嘘だよー。明日はシフトあるから働けないよー。もうどこにも雪はないのに、桜は咲かない。春は来ないのに、もうバテちゃいましたよ。

みんな違って おれはダメ

1年から仲良くしている先輩がニートになるらしいと聞き、久しぶりに飲みに行った。私とその先輩との共通の友人も本州の実家に帰りニートをするらしいとは聞いていたので、「ほなニート三銃士やないかい」などと意味の分からないことを言い、駅近の法外に安い居酒屋で梅割(金宮を梅酒で割る頭のおかしい飲み物)をガブガブと飲んでいた。

 

ニート三銃士の私以外の2人は、公認会計士の資格勉強のための選択的ニートらしい。プライドがアホみたいに高いせいで就活に失敗し、えーん泣どうしよう泣などと毎晩不安に苛まれながら震えて眠っている自堕落ニートは私だけ。私は公認会計士にはなれない。何故なら自堕落ニートは頭が悪く、経済学部なのに会計学の単位を2回落としているからである。単位が取れん…ドブカスが…!!

 

死ぬ気で生きているせいで、酒が強い訳でもないのに何歳になっても自制が効かない。お前が笑えば私も笑うし、お前が泣けば私も泣くし、お前が飲むなら私も飲む。ベロベロで行ったカラオケで今までコピーしたバンドの曲(先輩も私も軽音楽部)とか大好きなアニソンとか激アツ平成ソングを歌い続け、時間を超過して8000円取られた。ああでも、こんな私に、出会えてよかったと言ってくれてありがとう。

 

このあと帰り道が分からなくなって、危うく死ぬところだった。川沿いを歩いても家には絶対につかないのに、めちゃくちゃに酔っ払っていたせいで川沿いを歩いたら大丈夫だと思い込んでしまい(なんで?)、北西に進むべきなのに南東に進み続けていた。深夜3時過ぎに友人に電話をかけまくり、たまたま起きてたやつに20分ほど支離滅裂なことを語り続け、「もし死んだら、最期は幸せそうだったと皆に伝えておいてくれ」と家のない方向を目指し続けた(本当になんで?)。JR一駅分くらい歩いた。

 

川沿いは歩道もなく、深夜の屋外なので暗く寒く、電話をかけたせいでスマホの充電も切れ、ここで死ぬのかもと思い本気で泣いた。ド級の方向音痴はGoogleマップがないと家に帰れない。こうなったら入水でも…と川に視線をやった時、死なないでねと言われたことを思い出した。持っていた酒を飲み干し、逆にもっと酔うことで火事場の馬鹿力で帰宅する作戦を図った。家には帰れたけれど、熱が出てバイトを休んだ。

 

私がこんな大学1年生みたいな飲み方をしている一方で、同期は明日から社会人になるらしい。浪人していた友達や1個下の後輩も内定の話をしている。私だけが深夜の川沿いを歩いているし、動悸で眠れない夜をこうやって文字にして誤魔化しているし、まだ桜の咲いていない街にいる。あのお祭りみたいな毎日のまま緩やかに死ぬんだと思ってたのに、みんなが前に向かって進んでいく。私の時間だけが止まっている。「お願いだから一緒に腐ってくれよ」なんて救いようのない言葉を吐いても、もう何処からも「いいよ」とは返ってこないのだろう。こだまでしょうか。いいえ、誰でも。夢を追う前に夢を作るべきだし、夢を作る前に現実を見なくちゃね。

飽和

飽和する。感情が、あるいは言葉が。4年という短くも長い時間の中で、たくさんの忘れたい記憶と、もっとたくさんの忘れたくない記憶に出会った。喜怒哀楽の全てを抱きしめて、たくさんのありがとうとごめんねを受け取って、何者でもないことを選んだ私はけもの道のような人生に足をつける。未知の世界はいつだってワクワクする。

 

死のうとしたことはあるだろうか?私はある。何度も。死のうと思った夜は何百とあったが、本当に死のうとした夜は3度だけある。まず首を吊ろうと思った。眼球が飛び出そうな圧迫感、次第にぼやける視界、感覚の無くなっていく末端、昼下がりのつまんない授業みたいな眠気で瞼が閉じそうになって、紐が解けて失敗した。次に川で死のうと思った。これも失敗した。そして飛び降りようと思った。これも失敗した。死にたい夜を超えて良かったと思う。それ以上の生きたい理由に出会えたから。

 

旅立つあなたに手紙を書いた。苦しくて字が震えた、何度も字を間違えた、伝えたいことがぐちゃぐちゃになって何度も書き直した、涙で字が滲んだ、その度に書き直して、結局レターセットを2セット買った。封筒ばかりが余っていて、中途半端なありがとうの欠片が家に散らばっている。かき集めて、押し入れの奥にしまった。

 

今日でこの街から去るというのに、相変わらず「これがやばい」「あれがやばい」などと手続きに追われているあなたを見ると心底安心して、心底心配になる。車窓から街を眺めて悲しそうな目で話すのを、また私も同じく悲しい気持ちで見ていた。手続きに追われてあまり感慨にふける時間がなかったのは今考えれば良かったのかもしれないね。

 

別れを惜しむのは私だけではなくて、道中で見知った顔に出会う。本当に嬉しそうに声を震わすあなたを見て、また私も同じく嬉しく思った。自分の大切な人が、誰かの大切な人でもあると気付く瞬間はとても嬉しい。そのような気持ちを表現するのに適当な言葉を、稚拙な私はよく知らない。

 

手荷物を預けに行ったあなたが「このメールを見てくれ」と言って戻ってきた。欠航か?と思ったら、逆向きの飛行機を取っていたようであった。本当に最後まで愉快なひとである。結局2時間後の飛行機を取り直し、2時間みんなでグダグダと過ごした。大学みたいだなあと思って、もう通わないことを思い出して、少しだけ悲しかった。

 

めちゃくちゃなひとなのに、最後はありきたりで少しだけクサい台詞を残して旅立って行った。寄せ書きしてあるTシャツで保安検査を通過するとき、「来週のテロ楽しみ!とか書いて行かせなければよかったね」「そこまで想定できてなかったね」なんて冗談を言って、あなたには聞こえないのだなと思って、ただ遠く遠く、小さく、逆光で影になっていくあなたの背中を見ていた。私も書けばよかったな。伝えたいことは、寄せ書きの小さな隙間になんて収まらないし、本当は数枚の便箋になんて収まらなかったし、ここにだって書ききれないほどある。

 

「行かないで」とか言ったら良かっただろうか。最後まで困らせたくないという気持ちが勝って、結局言葉では何も伝えられなかった。手紙を書いていて本当に良かったと思う。「またね」の「また」がいつなのか分からなくて、目の奥がツンとした。そこにいると泣いてしまいそうで、足早にバスに飛び乗って、乗車から下車までずっと泣いていた。あなたのことを思い出して、あなたが飛び立つ空を見ながら、あなたの好きな歌を聞いて泣いた。今すぐに会いたいと思った。少しだけ甘い煙草の匂いが恋しくてたまらなかった。でも「またね」の「また」は今じゃなくて、あなたのいないこの街は私には少しだけ心細い。

 

ありがとう。手を差し伸べてくれてありがとう。生きる意味をくれてありがとう。私はあなたの何かになれていましたか?私の気持ちが片道1000kmを超えて、遠くのあなたに届きますように。ああ、また、飽和する。感情が、あるいは言葉が。

漂流

就職活動というのは思ったよりも難しいものらしい。「自分ほどの人材はいない」「むしろ企業から私に擦り寄ってくる」などと意味の分からない自信をぶら下げ、当たり前に撃沈した。お祈りメールが届く度に「不必要だ」と言われている気分になり、ついに心を壊した。人手不足だ人手不足だと喚いているくせに、教養も常識もない頭のおかしい人間は雇ってもらえないのだから、社会というのは恐ろしく合理的で正しいものである。

 

思い切りだけはいつも良いので、「ほな、もうええですわ(笑)」と就職を諦めた。頭をオレンジに染めて大阪万博に行った。人には人のタイミングがあって、私のそれは今じゃないのだろうと思うことにした。考えすぎるとすぐに心を壊すので、ただ寝たり起きたりしている生活はとても心地が良かった。 こうやってサボテンのように生きていたいと思った。

 

バイト先の同期や先輩後輩は私が働かないことを知っているが、社員はそれを知らない。社員と「いや〜東京が〜」などとかなり精巧な嘘の話をしているとき、皆は私を「こいつ…」という目で見てくる。一番私を舐めている後輩には「嘘の上には、嘘しか重ねられないっすよ」と言われた。何だか馬鹿らしくなって全部白状したが、なんとその後輩が先にリークしていたらしく、私はただ皆に掌の上で転がされていただけだった。家賃とか路線まで調べてたあの時間は何だったんだよ。その後輩は私がもう1年いることを喜んでいて、放浪してる先輩ってのも悪くないなと思った。そしてちょっと泣いた。

 

インスタを流し見していると、卒業式や卒業旅行の写真が滝のように流れてくる。「最高の仲間と最高の4年間」「大学生活楽しかった」「またどこかで」「4月からはそれぞれの場所で頑張ろう」、心の内からムズムズするような言葉ばかり流れてくる。なんでそんな顔ができるんだ。4年間まともに大学に通わず、友達も多くなく、サークルにも所属していなく、進路もない自分は何を祝われたらいいのか全く分からない。入って出たという結果だけがあって、それが大学であった必要は全くなかったなと思う。大学で学んだことなんかより、旅行の思い出の方がよっぽどEXPが高い。未来の明るい同期の海外旅行の写真より、デキ婚して大学を辞めた中学の同級生のガキの写真の方がよっぽど体にいい。

 

成人式で振袖を着れなかったことをまだ引きずっている。この気持ちがボロボロになって分からなくなるまで引きずっていくのだと思う。同じ理由で、卒業式のことも引きずるのだろう。きっとそこにいるのが気まづくて、証書だけもらってすぐ帰るけれど、それでも卒業式には行こうと思う。北海道大学さん、こんな自分にも「学歴」という唯一戦えるカードをくれてありがとう。もう既に無駄にしています。

 

そんなこんなで職業不定生活があと二週間で始まる。楽しみなことは一つもないが、不安なことも一つもない。女手1つで育てた娘がこんなんになっても親というのは子に優しい。なぜなら、親も働いていないから。「犯罪だけは犯さないでくださいよ!」と鈴原サクラみたいなことを言われた。

咽頭 the wild

初めて煙草を吸ったのは、さらさらとした雪の降る夜だった。吸ってみたら、と差し出された箱は祖父が昔吸っていた銘柄と同じで、懐かしいような、申し訳ないような気持ちが胸の奥でゆっくりと渦巻いたのを覚えている。吸うと、喉や鼻の奥がズンと苦くなった。初めて吸うと咳き込む描写があるものだが、そんなものはなかった。吸う星の元に生まれ、吸う星の元で育った、喫煙家系の肺には、喫煙の英才教育が施されていた。

 

段々と火が近づいてきて、頭がぐるぐると回る感じがしてきた。確実に命のコアを削られているような感覚がする。ヤニクラというらしい。コンパスの針を刺したような痛みがして、もう一本もらうことはしなかった。当時の恋人は煙草が嫌いだったから、酷く酔っ払った帰り道に何度も口をゆすいだ。鼻の奥から煙草の匂いが消えない、罪悪感が心から消えない。あの時は二度と吸うものかと思った。

 

ところが、私の周りには煙草を吸う人が多い。会えば吸わされる(吸わされる?)ことが増え、一箱買ってもらったり、もはや吸うのが礼儀なのではと思ったり、いつしか自分の鞄の中に煙草が入っているようになった。自分で選んだ銘柄は、自分を説明する言葉が増えたようで少しだけ嬉しかった。これが私を作っている、これを含めて、やっと私だ。

 

自己肯定感が高いと豪語していながら、本当は誰よりも低い。自己肯定感が高いという自分像があって、私はこう言わなければならない、私ならこう言うべきという縛りみたいなのが、私を自己肯定感モンスターにしている。理想の自分、架空の自分、自分が作った自分という像から外れないように生きる。タール14mgの毒は、ある種のカルトと化した「私」をより強固にしていく。私を蝕むのは、私が私を確認する手段でもある。もはやどの感情が正しく「私」なのか、そんなものはもう私にも誰にも分からなくて、それでも今さら根暗の死にたがりになったって意味もないのだから、気が済むまで吸ってそんなネガティブも忘れてしまえばいい。ニコチンに全てを託して、少女よ、大志を抱け。

 

私のからだ、私の五感はゆっくり大人になっていく。苦い喉奥が何より私をそう思わせる。何本も吸って真っ直ぐ歩けなくなって、家に戻ってソファに倒れ込む度に、なりたかった自分はなんだったのかと、そんなものあっただろうかと、ひょうきんな生き方しか出来なかった自分が嫌いになる。こんな生き方も、生きにくさも、恥ずかしさも悩みも、似たような文章しか書けないのも、全部「私」が邪魔をするせいだ。自分で自分の首を締める、狂ったレールを敷くのも、その上に立っているのも自分。朝日を見るまで寝れなくなって、日が沈んだ頃に外に出て、また脳が痺れるまで煙草を吸って、そしてまた朝日を見る。写真に写った私が笑っている。私は、笑っている?

 

業 トゥ ヘル、咽頭 ザ ワイルド。揺蕩うように荒野へ。私が口にした毒が、少しづつ私を殺すまでの時間。